危険物倉庫が足りない、という声を物流や化学品の業界でよく耳にします。しかし、その中身を丁寧に見ると、単純な量の不足とは言い切れない面があります。この記事では、公表されている統計と政令の条文を手がかりに、不足と言われる背景を、規制、立地、需要の三つの要因に分けて整理します。特定の事業者や施設を評価するものではなく、確認できる事実と、その読み方に絞って解説します。
「足りない」の中身を分けて考える
まず、言葉の使い方を確認します。物流の現場で「危険物倉庫」と呼ばれる建物の多くは、消防法上の「屋内貯蔵所」にあたります。消防法第10条は、指定数量以上の危険物を、貯蔵所以外の場所で貯蔵してはならないと定めており、貯蔵所として許可を受けた施設が、保管の受け皿になります。一方、他社の荷物を預かる営業倉庫としての許可は、倉庫業法という別の法律の枠組みです。
つまり、「足りない」という言葉は、荷主が使える営業用の危険物倉庫が、希望する地域・条件で見つからないという意味で使われることが多いのです。消防庁が公表する施設数の統計は、化学工場や店舗の構内にある自家用の貯蔵所も含むため、営業用の不足を直接示す数字ではありません。この違いを押さえておくと、統計と現場の声が食い違って見える理由が理解しやすくなります。
この区別は、制度の面でも意味を持ちます。自社の工場の構内で使う貯蔵所は、その事業者が自らの責任で許可を受けて運営します。営業倉庫として他社の荷物を預かる場合は、荷主ごとに品名や数量が異なる荷物が同じ建物に入るため、複数の品名の合計で倍数を管理する必要が生じます。荷主が増えるほど管理が複雑になる点も、営業用の危険物倉庫が供給しにくい理由の一つと考えられます。
要因1:規制が建物の大きさを抑えている
危険物の規制に関する政令の第10条は、屋内貯蔵所の構造基準を定めています。貯蔵倉庫は独立した専用の建築物とし、軒高6メートル未満の平家建てとすること、一つの貯蔵倉庫の床面積は1,000平方メートルを超えないことが原則です。ただし、第2類または第4類の危険物だけを貯蔵する倉庫で総務省令が定めるものは、軒高を20メートル未満とすることができます。
一般の倉庫は、土地が限られる都市部では高層化して床面積を稼ぎます。ところが、危険物倉庫は、火災が起きたときの被害を局限するという考え方から、建物の高さと面積に上限が設けられています。結果として、一棟あたりの保管能力に限りがあり、荷主の保管量が増えれば、棟数を増やすか、敷地を広げるしかありません。この構造が、供給を急に増やしにくい第一の理由です。
構造基準には、ほかにも倉庫の費用や設計に影響する項目があります。液状の危険物の貯蔵倉庫では、床は危険物が浸透しない構造とし、適当な傾斜を付けて貯留設備を設けます。引火点が70度未満の危険物の貯蔵倉庫には、内部に滞留した可燃性の蒸気を屋根上に排出する設備を設けます。指定数量の10倍以上の危険物の貯蔵倉庫には、避雷設備も必要です。こうした設備が加わることで、同じ面積の一般倉庫より、建設の費用と準備の期間が大きくなります。
要因2:立地には空間の余裕が必要になる
政令は、建物の外側にも条件を課しています。住居から10メートル以上、学校や病院などから30メートル以上、重要文化財などから50メートル以上といった保安距離を保つことが求められます。さらに、貯蔵倉庫の周囲には、貯蔵する指定数量の倍数に応じた幅の空地を設けます。倍数が50を超え200以下で、壁・柱・床が耐火構造の場合でも、5メートル以上の空地が必要です。
この二つの条件を満たせる土地は、住宅や学校が近い市街地では見つけにくく、臨海部や工業団地に偏りがちです。荷主から見ると、工場や納品先に近い場所に倉庫を持ちたくても、立地の候補が限られます。これが、地域によって不足感に差が出る背景です。
建築基準法の用途地域の面でも、制約があります。危険物倉庫の建設ブランドRiSOKOを運営する三和建設の解説ページは、用途地域ごとの貯蔵の制限の考え方を紹介しており、準工業地域では指定数量の50倍未満、工業地域と工業専用地域では貯蔵の制限がないとしています。倍数の大きな倉庫を建てられる用途地域は、工業系の地域に絞られるということです。
要因3:需要の側で、荷物の中身と集まり方が変わっている
需要の側では、二つの変化が報じられています。一つは、品目の広がりです。リチウムイオン電池は、電解液が消防法の危険物に該当するため、貯蔵には貯蔵所の基準が関わります。電子商取引の拡大に伴い、アルコール類や化粧品、香料のように、危険物に該当する商品の取扱量が増えたことも、物流専門メディアで指摘されています。
もう一つは、拠点の集約です。在庫拠点を大型化・集約化すると、一拠点あたりの危険物の保管量が増え、指定数量の倍数が上がります。倍数が上がれば、必要な保有空地や設備、予防規程の要否が変わります。複数の品名を同じ場所に置く場合は、品名ごとの数量を指定数量で割った商を合計して倍数を求めるため、品目が増えるほど倍数が上がりやすくなります。
倍数が上がることの意味を、条文で確認しておきます。消防法第14条の2と政令第7条の3は、指定数量の倍数が150以上の屋内貯蔵所に、予防規程を定めて市町村長等の認可を受けることを求めています。拠点の集約によって倍数が150を超えれば、設備だけでなく、運営の仕組みの面でも負担が増えることになります。保管量を増やすことは、単に棚を足すことではなく、法令上の位置づけが変わる場合がある、という点が重要です。
統計が示す「横ばい」と、現場の声の距離
消防庁の危険物規制事務調査(令和6年版消防白書の資料)によると、危険物施設の総数は、平成12年の546,043施設から令和6年の381,569施設へと約3割減りました。屋内貯蔵所は、平成12年の57,246施設から令和6年の49,453施設へと約14%の減少にとどまり、令和2年以降は4万9千台でほぼ横ばいです。
この統計だけを見ると、屋内貯蔵所が急に減っているわけではありません。それでも不足感が語られるのは、前に述べたとおり、数字が自家用と営業用を区別していないこと、需要の側で品目と保管量が変化していること、立地や構造の制約で供給の増やし方に限りがあることが重なるためだと考えられます。ただし、営業用の危険物倉庫の需給を全国で示した公的な統計は、確認できた範囲では見当たりません。業界の報道や事業者の発表は、個別の事例として参考にとどめる必要があります。
制度の側でも動きがあります。リチウムイオン蓄電池を貯蔵する屋内貯蔵所について、消防庁は検討会を経て、令和5年と令和7年に政令・省令・告示を改正しました。条件を満たす場合に、屋内貯蔵所の基準に特例を認める内容を含みます。経緯と内容は、リチウムイオン電池の保管規制と動向で整理しています。
以上の三つの要因は、互いに絡み合っています。規制が建物の大きさを抑え、立地が候補地を絞り、需要の変化が保管量を押し上げるという構図の中で、新しい危険物倉庫の建設を伝える報道が各地で増えています。不足という言葉を聞いたときは、どの地域の、どの品目の、どの条件の話なのかを、一度分けて考えると、議論の焦点が見えやすくなります。
出典: 消防庁「令和6年版 消防白書」資料1-2-11、危険物の規制に関する政令第7条の3・第9条・第10条・別表第三、消防法第10条・第14条の2、三和建設RiSOKO。詳しくは全体像のページと消防法の保管規制のページをご覧ください。
